February 06, 2006

NYに溢れるMUSIC

AK_060206

最近気がつき始めたことがある。
NYでは歩きながら歌ってるひとがとっても多い。(変な人じゃないよ)
i-Podとかでヘッドホンで音楽聴きながら歌ってるだけじゃない。
通りを歩いてると、ラップしながら歩いてる黒人の男の子や、
かなり上手に歌いながら歩いてる女の子、
友達と話しながら、次に話す言葉をメロディーにして即興で歌って返事したりしてるニューヨーカー。

そういうシーンに遭遇するたびに、
驚きと、感動と、劣等感とか、いろんな気持ちが交差する。
なんでそんなに開放的に、人の目を気にせず歌えるんだろう。
AKはうらやましくてしょうがない。
生まれ育った環境の成せる業?
それとも、そのひと個人の才能?
日本で生まれ育ったAKとしては、
残念ながら“周りを気にする”とかがどうしても先にきてしまう。
自由に自己表現できる彼らをリスペクトしちゃう。

自己表現と言えば、NYではストリートパフォーマンスが溢れていて、
街中あちこちでいろんなパフォーマンスが見れるのは有名なこと。
もちろん地下鉄の中は24時間音楽が溢れてる。
あまりにかっこよくて、大興奮で拍手喝采させられるものもあれば、
“うー、助けてー”って逃げたくなるような音に遭遇するときもある。
たまにホームを歩いてると、どこからともなく聴こえてくる音に、
本当に心が癒されるときもある。
そんな時は、ホームのベンチに座って、電車を何本か見送りながら、
心ゆくまでその音を楽しんだりもする。

どんなパフォーマンスであろうと、
誰かの前で自己表現する彼らは素晴らしいと思う。
東京でもいろんなところでストリートパフォーマンスは見たけど、
NYで驚くのは、パフォーマンスしてる年齢幅がとっても広いということ。
どう見ても70歳は超えてるっておじいちゃんアーティスト達が
地下鉄にはいたりする!素晴らしい!
表現したいっていう気持ちさえあれば、年齢とかは関係ない。
というか、その年齢になってもAKもまだ情熱は残ってるんだろうか。
いろんなこと考えさせられてしまう。

とっても気持ちいいときに、自分で気づかず鼻歌を歌ったり、
シャワーを浴びながら歌ったりするように、自然に生まれるMUSIC。
そのレベルでNYの街には音楽が溢れてる。
ブームボックスを肩に置いて、HIPHOPかけながら歩いてる子、
ホームレスの周りに集まってギターを弾いて励ましてる学生達。
歩きながら歌ってる人達と同じで、彼らはお金をもらうことが目的じゃない。
ただ“そうしたかったから”、あるいは気づかず“そうなってたから”が理由な気がする。
そんなフリーな表現の街、NY。今日はどんな音楽に出会うかな。

love, AK


2006 02 06 [文化・芸術, 日記・コラム・つぶやき, 音楽] | 固定リンク

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